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或るスーパーの閉店

2014年 08月19日 00:25 (火)

 子供の頃は全くそうと理解していなかったのだが、暑さの盛りと暦の夏は当然のことながら大いにずれていて、盆も過ぎると日あしは段々と短くなってくる。理科で習った夏至というものを肌で感じるようになったのは、勤め人を辞めてからのことだ。

「昔はものを 思はざりけり」と云えば権中納言敦忠の恋歌であるが、生活の環境が“がらり”と変わると、注意を向ける先も自ずと変わってくるもののようである。

 私が碌を食んでいたのは名の知れた大手スーパーであったが、奇縁とも言うべきか、隠遁先の住まいの近くにも同じ会社に属する店舗が展開していた。身体を毀して辞めたわけであるが、慣れ親しんだ方法に従って整えられている店内というのはやはりどこか馴染みがあるらしく、買い回りもしやすい。
 そんな訳で古くからの常連のような顔をしてこの店を使っていたのであるが、どうにも困った事態が出来した。

 閉店である。

 私の越してきた街は所謂ニュータウンであって、開発から歳月が流れて暮らす人々の構成も変わってきたようだ。
 近くに安さが売りの同業他社が進出したことで客足も大きく鈍ったのだろう。下り坂で勢いの付いた落石を止めることはとても難しい。遂には最終的な決断を店長は迫られたのではないか。

 元居た会社の一店舗が目の前で閉店するというのは何とも物寂しいものがある。
 あまり傷みの来てない白い壁に、赤地に黒で閉店大セールと大書されると、一抹の寂寥が込み上げてくるのだ。

 店は商売の場であるが、景観の一部でもある。
 人の出入りの激しい街のことだ。十三年前、ここにこの建物が立つ前の野原を覚えている者は殆どありはしないだろう。
 憎まれることもある大型スーパーだが、去り往くときにはその存在以上の物を持ち去ってしまうと感じる。

 八月末に仕舞う店内では、商品も疎らになってきた。
 売り子の声が、どこか晩夏の蝉と重なって聞こえる。




<今日読んだ本>
高橋祐一(2014)『星降る夜は社畜を殴れ』角川書店(角川スニーカー文庫) 286pp
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