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ジョンについて

2015年 12月28日 23:59 (月)

 避諱(ひき)という習慣が、かつてあった。
 目上の人間の諱(いみな)を用いることを避けるということで、東アジアによく見られる。
 例えば後漢の光武帝劉秀が即位したために、それまで「秀才」という言葉が「茂才」を改められたりした。
 このような風習があるので、本朝では過去の偉人の名を子孫が名乗ることは稀である。

 対して西欧では祖先の名を我が子の名とすることが多い。
 カール大帝の第三子はフランク国王ルイⅠ世を名乗ったが、フランス国王にはルイを名乗るものが数多いたことは〈太陽王〉の例を引くまでもないことである。

 ドーバー海峡を隔てたイギリスに於いても、先祖と同じ名を号する国王は数限りない。
 ジョージ、エドワード、ヘンリー……
 その中でどうにも嫌われている名が一つある。
 ジョン。
 英国人の名としてはありふれているが王位についたのはプランタジネット朝のジョンただ一人だ。

 1167年の12月24日にヘンリーⅡ世の末子として生を享けたジョンは、父から領土を与えられなかった。
 この当時のイングランドの王子としては異例のことである。
 珍事だから、その名で呼ばれた。
 〈欠地王〉ジョン。
 酷い呼び名である。

 彼の生涯は波乱万丈で、当時大陸に有していた領土を大きく減らしてしまったことで〈失地王〉とも呼ばれる。
 あまりに不満を抱かれたので、ついにはマグナ・カルタを認めざるを得なかった、というのが唯一の事績であろうか。
 ともかく、英国王の座に就こうとする者が好んで名を拝借したい人物とは思われていない。
 好物は桃だったようだが、それが仇となった。死因は赤痢。桃の食い過ぎとも言われる。


 さて、イギリスには今一人有名なジョンがいる。
 ジョン・レノン。
 言わずと知れたザ・ビートルズの一員だ。
 グレートブリテン島の北西部に位置するリヴァプールの出身者四人からなる彼らは一世を風靡し、今も愛され続けている。
 彼の父が〈欠地王〉から名を取ったわけではない。
 だが、二人のジョンに全く関わりがないわけでもない。

 〈欠地王〉の方のジョンは後世に寄与するところの乏しい人物である。
 ただ、妙な場所に都市建設の勅許を出した。そこは”dirty pool”と呼ばれていた小さな村だ。
 なんと彼はこの小さな村に自由都市の特権まで与える。1207年のことだった。

 村は人口600人ほどにまで増えたが、ここで一つの事件が起こる。
 近郊の港町チェスターが泥の堆積により港湾機能を大きく衰退させたのだ。
 リヴァプールと名を変えていた”dirty pool”は一躍、重要な港湾として脚光を浴び、大西洋三角貿易で重要な地位を占める。

 その後、紆余曲折あってリヴァプールはまた衰退することになるのだが、そこに四人の男が生まれた。
 ポール・マッカートニー。
 ジョージ・ハリスン。
 リンゴ・スター。
 そして、ジョン・レノン。
 リヴァプールという街がなければ彼らは生まれず、従って彼らの発表した213曲もこの世で演奏されることはなかったろう。
 〈欠地王〉にして〈失地王〉を嘲られるジョン王がいなければ。
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